あなたには、風邪を引いたときに決まって受診する病院や、歯が痛くなった時に決まって行く歯科医院などがあるだろうか。そこに行けば、幼い時から自分が病気の時のことを知っている医師や看護師、歯科医師などがいる。そこにいる医療専門職者は、「ずいぶん大きくなったね」とか、「去年に比べて上手に歯磨きできるようになったね」などと、これまでの自分と今の自分を比べてその変化を教えてくれたりする。
成人・高齢者看護分野を研究する髙栁千賀子准教授は次のように話す。
「健康に関する情報は、住んでいる地域のさまざまな医療機関にストックされています。健康情報は、血液検査の結果のように数値化され、レントゲン検査のように画像として保存されます。診療記録に記載されなくても、その時、診察した医師の記憶の中にある場合もあるでしょう。健康に生きることを支援する医療専門職者は、時間の流れの中で個人の変遷をつぶさに記録し続けています。その健康に関する個人の歴史は、これからのあなたの健康を維持するための重要な資源となるのです」。
一方で、健康情報をストックしているのは医療機関だけではなく、街の色々な人々が健康情報をもっているとも髙栁先生はいう。例えば交番の警察官。一人で深刻な表情をして、とぼとぼと歩く人の様子を見て、その人の心の健康状態を察知し、気にかけているかもしれない。
「街の人々が、いろいろな方向からあなたの健康に関する情報を察知し、ストックしています。その人らしく健康に生きるために必要な情報資源の多くは、医療機関の中だけでなく、その人が暮らす街の人とのつながりの中に蓄えられているのです。医療専門職者や街の人々との“顔の見える関係性”こそが、その人がその街で健康に暮らすことの基盤となります」。
日本は、ものすごいスピードで高齢化が進行している。65歳以上の人口は既に3,000万人を超え、2042年の約3,900万人でピークを迎え、その後も75歳以上の人口割合は増加し続けることが予想されている。このような時代の中で、高齢者が可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けるために、地域の人々が一体となって提供する支援を“地域包括ケアシステム”と呼ぶ。
このシステムは、おおむね30分以内に必要なサービスが提供される日常生活圏域(具体的には中学校区)を単位として想定され、多くの街で高齢者の介護予防や日常生活支援の総合事業が、さまざまな人々の連携によって行われている。
ところでこれは高齢者だけの願いだろうか。障がいのある人、子どもなど、そこに住むすべての人々の願いでもあるだろう。髙栁先生は「地域包括ケアが更なる未来に向けてねらうのは、高齢者のみならず、街で暮らす全世代の人々の健康的な生活です。そこで重要になるのが、街の人々の“顔の見える関係性”の中でストックされている健康情報です」と話す。
一人一人が地域でつながる顔なじみの関係の大切さを再認識し、それぞれが持つ情報を最大限有効に活かす仕組みこそが、地域包括ケア時代の健康情報ネットワークであり、その構築を地域住民が主体となって創り上げることがいま求められている。