ドラッグストアや薬局で手に入る身近な薬といえば、風邪薬や頭痛薬などを思い浮かべるだろう。実はこれらは症状を和らげているだけで、根本的な原因を治しているわけではない。一方で、受診した際に処方される抗生物質は病気の原因となる細菌を死滅させることができ、感染症を抑えること ができる。そのほかにも、抗ウイルス薬のように体に侵入したウイルスの増殖を抑制する薬もある。
「たとえば、がん細胞のような病気の原因となる細胞だけを標的とする『分子標的薬』の研究開発が進んでいます」と話すのは、生命・環境科学研究室の村上洋一 准教授だ。
新しい薬を作る過程を「創薬」と呼ぶが、「長い年月と莫大な費用、そして多くの労力が必要とされます」という村上准教授。創薬は、病気の原因となる分子を特定するための基礎的研究から始まり、次に膨大な化合物の中から有効な候補を見つけ出し、その後動物実験や毒性実験などを経て、人に投与する臨床試験(治験)へと段階が進む。治験により安全性が検証された候補化合物のみが、厚生労働省の認可を受けられるのだ。
「しかしながら、多大な努力にもかかわらず、候補化合物が新薬として認可される確率はとても低いです。治験の段階で期待する効果が得られなかったり、あるいは薬の本来の治療目的(主作用)に沿わない別の好ましくない働き(副作用)が生じたりする問題などで開発が中止になってしまうこともあるのです」
近年、創薬の成功確率を高めるために注目されているのが、情報技術を活用した「IT 創薬」だ。ITを駆使することで、標的とする分子に作用する候補化合物を短時間で絞り込んだり、シミュレーションすることができる。
さらに、人工知能(AI)の発展により、より治療効果の高い薬の開発が期待されている。「たとえば、これまでの実験から得られた膨大な生化学データを学習させて、これまで誰も考えつかなかった新しい化学構造を持った薬を創ることができるかもしれません」と村上先生は話す。
もうひとつ、創薬の成功確率を高めるために注目されているものがある。それは「ゲノ ム情報」である。ゲノム(genome)とは、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉で、DNAのすべての遺伝情報のことである。鼻の形が似ている、ある病気にかかりやすいなどの、親の生物学的な特徴が子どもに伝わるDNAの塩基配列の特定の部分が遺伝子で、体を構成する重要な部品の一つであるタンパク質を作るための設計図となる。「ゲノム情報を解析することにより、病気に関係する遺伝子群を同定し、 それらから作られるタンパク質から薬の標的を絞り込むことによって、短期間で有効な薬を開発できると期待されています。これは 『ゲノム創薬』と呼ばれ、数多くの種類の薬が創られると期待されています。また、膨大なヒトのゲノム情報を比較してSNPを見つけ出すことにより、個人の体質にあった治療や副作用を抑えた薬を使うことができるよう になるだけでなく、希少難病性の病気に対する薬の開発できるかもしれません」
まさに今、IT創薬とゲノム創薬が、従来の創薬を大きく変革しようとしている。「これまで治療が困難であった病気を治療できる革新的な新薬を創り出し、あらゆる病気を治すことができる時代をもたらすかもしれません」