「認知症」ときいて、どのような症状をイメージするだろうか。看護学部の石井優香先生は、認知症ケア(認知症の人への看護)に関する研究をしている。
「認知症の人は少し前まで、『何もわからずできない人』というような偏見や差別を受けてきました。このような偏見を持った対応は、認知症の人を脅かし症状が悪化するという悪循環となっていました。現在はそのような考えを改め、認知症の人の存在やケアを肯定的にとらえなおし、認知症があっても一人一人の可能性や求めていることを大切にしながら自分らしく生きることを支えるケアが重視されています。つまり、認知症があっても自分らしく生活することは可能だということです」と石井先生は話す。
石井先生が専門領域として研究しているのは、認知症の中でも、病気やけがの治療のために入院している認知症の人へのケア。認知症の人は、入院して治療することになったとき、記憶障害があるために「どうして入院しているのか」「どのようにして入院したのか」がわからなくなってしまうことがあるという。また、入院生活では、疾患の症状に加えて、注射のような痛みや苦痛を伴う治療や、症状によってはベッド上で安静にしていなければならないなどの制限があることもある。
「認知症のある人は、どうしてそのようなことが必要なのかの説明を理解できたとしても、これまでのことを覚えていない場合、本当に必要なのか信用できなかったり不安を抱いたりすることもあります。本人が抱えている不安や恐怖を、看護師が理解しようとすることが、本人の安心や本人の希望に沿った看護のために必要です」
このような認知症の人の看護をする看護師は、様々な葛藤や困難感を抱くことがわかっている。点滴や傷の消毒など、必要な治療のための処置を患者本人が拒否した場合、看護師は何とか受け入れてもらうためにタイミングを見計らったり、説明の方法や環境を変えたり、時には医師に相談して拒否する治療や処置を変更したりと試行錯誤するが、必ずしもうまくいくとは限らない。看護師はそんな時に、試行錯誤に時間がかかることを負担に思ったり、拒否している治療を強いていることに葛藤を抱くのだという。
「看護師の負の感情を無かったことにしたり、我慢したりすることはバーンアウトなど悪影響となりうることもわかっています。看護師が心も体も健康に仕事を続けていくためには、自分の気持ちを大切にすべきだと考えています。「看護する側」「看護される側」の、双方の気持ちを考え大切にすることで、認知症ケアが患者にとっても看護師にとってもよりいいものとなるようにしたいというのが、私が研究で目指していきたいことです」